元・自動車商品企画者のひとり言

クルマのデザインについていろいろ考えることが多いので、勝って気ままに書いてみることにした

日産フェアレディZ - カラオケのメドレーソング

クルマのデザインについてブログを書こうと思い立ち、さて最初はどのクルマにしようかと探していたら、出ました、最適なクルマが。

日産フェアレディZ

日本を代表するスポーティカー、12年ぶりのモデルチェンジ。いいじゃないですか。

まだプロトタイプで、色もイエローしか公開されてませんが、見ていきましょう!

 

第一印象

「厚化粧」が流行の業界において、デザイン要素をおさえた手法は、スッピンで勝負にきている潔さを感じます。しかし「ラインを抜くのは足すより難しい」と言うデザイナーもいます。さて、細かく見るとどうなんでしょうか。

 

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サイド・ビュー

まずはプロポーションから見てみましょう。FRらしいプロポーションですが、縦置きV6エンジンしか想定してないと思われ、それほどロング・ノーズと言うほどではないです。キャビンは2シーターですから小さくまとまり軽快感があります。ルーフ・ラインは直線に近い形で後ろに向かってずーっと下がっていきます。リアにデッキをもたせたり、ダック・テールのような処理はありませんので、下向きの勢いが強く、地面を這うような安定感が感じられます。ルーフ・ラインに沿ってシルバーのアクセントが入ってますが、このルーフラインを強調したかったのでしょう。写真のモデルはルーフからリア・ガラス周辺がブラックアウトされていますが、これは全車そうなのかわかりませんが、このおかげでキャビンの視覚的な重さが軽減されてます。これがないとずいぶんと印象が変わってきそうです。

フロント・オーバーハングは先代同様エンジンを後退させたレイアウトなのでしょう。昨今のFFを見慣れていると短めに見えるでしょうか。リア・オーバーハングはスポーツカーらしいアジリティを表現するため短めです。

ディテールを見ていくと、プレス・ラインはドア・ハンドルあたりの後方下がりのものと、ドア下端に同様の後方下がりのものがあります。ルーフラインとあいまってクルマが地面へ接地するという印象を強くしています。逆に躍動感を演出しているのはウィンドウ・グラフィックの後端の跳ね上げくらいですので、総じてサイド・ビューは安定感を強く受けます。このウィンドウ・グラフィックは先代(Z34)ぽくもありますが、Cピラーのエンブレムからすると初代(S30)のオマージュなのでしょう。

シルについては、後半に頂点をもった三角形状にブラックアウトしているのは、ボディの厚み=視覚的重さを軽減したことと、リアのフェンダーのボリューム感の演出になっています。Z34が相当ボディに厚みが感じられたのでその反省でしょうか。

リアコンビネーション・ライトというか、リアの面自体を途中で折りを入れて少しサイドまで回りこむように造形されています。これはリア・オーバーハングを短く見せる効果がありますが、実際のオーバーハングもそれほど長く無さそうですので、必要だったのでしょうか。

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フロント・ビュー

なんといっても目に付くのは、定規をあてて切り取ったかのようなエア・インテーク。このクルマはグリルがないし、ヘッドライトに派手な演出もないので、ここにまず目がいきます。開口部でよくあるのは台形にして安定感を表現するか、逆台形にして空気の流れを演出するかですが、このクルマはきれいな長方形です。バンパーやクルマ全体の造形になじませようとする努力は皆無です。相当な主張です。でも一体何をそこまでして主張したかったのでしょうか??デザイナーのインタビュー記事に答えがありました。S30のオマージュだそうです。S30の写真を見てみるとたしかに長方形ですが、途中に鉄のバンパーというデザイン要素が入っているので、開口部が長方形だったという印象を持っている人はあまり多くないのではないでしょうか?

S30だと、ヘッドライト周囲のコンケイブは多くの人が記憶しているはずで、このモデルの下端にも若干コンケイブの面を持たせているのがオマージュだというのはわかります。しかしながらそのコンケイブの面とボンネットの面が交わったすぐそばで例の長方形が切り取っているので、面が小さくて視覚的に脆弱な印象を受けます。

開口部の左右のバンパー面には目立ったデザイン要素を持たず、チンスポイラー状の面構成と、左右端に縦に走るラインだけで処理してます。特に縦のラインはあえてインテーク(風)のデザイン要素などをいれなかったのは、潔いですが、もうすこし余白の面の表情を豊かにした方が退屈さがなくなったと思います。いずれにしても長方形にしか目がいきませんが(笑)。

 

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フロント・クォーター・ビュー

このアングルだとエア・インテークが完全な長方形には見えなくなるので、少しは違和感が軽減されます。しかしながら今度は、フロントからみたときは良いアクセントだった左右の縦のラインに唐突感がでます。フロント・ビューでは長方形にマッチしてましたが、そもそも長方形がボディの他のどのデザイン要素ともマッチしてないし、縦ラインが主張の弱めなデザイン要素ですので、ぱっと見は単なる縦の線にしか見えてません。

一方でワイド感を主張するリア・フェンダーは、特にアクセントとなる主張をいれない、自然な面構成で好感が持てます。

 

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リア・ビュー

バンパー下部のほとんどをブラックアウトしているのが特徴的です。ボリューム感が大いに削減され、軽快感がでます。しかしサイド・ビューで見たとおりもともとルーフラインがかなり下がっているのでリアのボリューム感は大きくなかったはずです。ここも先代のバンパーが重そうに見えたことの反動かもしれませんが、ちょっとやり過ぎなのではないでしょうか。リア・コンビランプの下にあるパネルのパーティングの下にはボディ・カラーの部位はおそらく10cmもありません。一般の人はこの位置にはバンパー(普通はボディ・カラー)を期待しますので、それがないように見えるというのは違和感であり、ボディが十分に守られているのかという不安につながってると思います。

リア・コンビネーション・ライト周囲全面ブラックアウトは4代目(Z32)のオマージュと思われます。最近のクルマでたまに見られる処理ですので、Z32が時代の先を行っていたということでしょう。ただし、この処理も視覚的なボリューム感の軽減に寄与しますし、リア・ガラス周囲もブラックアウトされているので、全体で見るとリアはちょっと弱々しささえ感じられます。

 

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リア・クォーター・ビュー

ルーフからリア・ガラス周囲がブラックアウトされているのでかなりキャビンに軽快感があります。そのブラックアウトと一体的にデザインされたシルバーのアクセントは、「クルマの全高はここまでです」と視覚的に感じさせる役割があったんですね。ルーフのツートンは多くのモデルがやっていますが、他のデザイン要素と複合的に採用して有意義な使い方をしているのMINI以外ではこのクルマが初めてではないでしょうか。逆にこのクルマでこのブラックアウトがなかったら視覚的にかなり重そうですので、おそらく全車標準装備なのでしょう。

サイド・ビューのところで述べたリア面の折りのため、リア・オーバーハングが短く、リアがワイドに見えますが、そもそもリアのオーバーハングは長くないし、横一直線のグラフィックのリア・コンビランプはそもそもワイド感を強調してるので、やはりこの面の折りは余計だったのではないでしょうか。

 

さいごに 

さて、このクルマはデザイナーも言っているとおり過去の複数世代のオマージュを表現しています。そういうクルマというのはあまり聞いたことがないですが、歌にたとえるならカラオケにある、メドレー・ソングのようなものでしょうか。名曲の特徴をつなぎ合わせると、そのアーティストのファンはよろこんで歌いますが、ひとつの曲として見たときには必ずしも名曲になるとは限らないんと思うんですけどね。あくまで内輪受けな感じがしなくもないです。

代々同じようなデザインが続くヨーロッパのプレミアム・ブランドも、一見先代モデルのデザイン流用?みたいに見えるときもありますが、たいていはデザインの文法が変わらないだけで、表層的なディテールの使い回しと言うことにはなってないのです。

いっそのことすべてS30のオマージュにして「初心に返りました」という説明の方がしっくりくる気がします。まあその辺のコンセプトはいろいろな見方があるので良いとは思いますが、最終的に形にしたときに「もうちょっとなぁ」と思わせてしまっているのが残念です。その狙いに無理があったデザイン要素もありますが、多くはもっと時間をかけて玉成すれば解決できた課題と思います。

 

今回公表されたものはプロト・タイプなので、バンパーとか今から変えて欲しいですが、無理でしょう。マイナーチェンジに期待です。アフターマーケットのエアロパーツ屋さんはこれから楽しいでしょうね。